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2010年06月01日放送
一色産 うなぎ
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皮がやわらかく、良質の脂がたっぷりのっているのが特徴です。


食材のご紹介
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一色うなぎ漁業協同組合 業務部管理課
安藤芳朗さん

一色町で養鰻が始まったのは、明治時代と聞いています。最初は、ボラや鯉の養殖池で混養から始まりました。ところが、伊勢湾台風で田んぼが海水に浸かり、土が稲作に不向きになってしまったのです。また、町の振興もあり、稲作に替わって養鰻業が飛躍的に伸びることとなりました。生産量では、昭和58年から現在まで市町村別で全国一、2009年度は例年トップだった鹿児島県を抜いて、県別でも日本一になりました。

養鰻業がこれほど躍進したのは、第一には生産者の努力があったからです。それに加えて、恵まれた自然も大きく貢献していると思います。養殖池には地元を流れる矢作古川の河川水を使い、ほとんどの業者が同一水源で、品質の安定を図ることができます。しかも、より天然に近い環境で育て、うなぎに与えるストレスも軽減しているのですよ。

現在、一色町の養鰻業者は110件以上。全国でも300数件しかありませんから、一色町は名実ともにうなぎの大産地と言えます。家族経営で小規模なところがほとんどですが、みなさん熱心で研究会もあり、技術の向上に余念がありません。また漁協では、直営販売店や食事処(一色さかな広場内)などの運営、イベント行事を通して、一色産うなぎを味わっていただけるように幅広く業務を展開しています。


産地のご紹介
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一色うなぎ漁業協同組合 販売部養鰻課
伴 徳重さん

【PROFILE】
1969年、一色町生まれ。養鰻業を営む両親のもとに生まれる。養鰻を学ぼうと一色うなぎ漁協に入社。2005年から新設された販売部養鰻課を任される。当時は、両親から猛反対を受けたとか。大変さも知りながら、養鰻に対する意欲を一層高めている。

一色うなぎ漁協では、うなぎが品薄になる冬期の出荷量を補うために、2005年から養鰻事業を始めました。約8割の業者は、土用の丑の日に向けて早入れ早出しで、12月から1月初め頃に稚魚を池に放して、7月〜8月に出荷。漁協の場合は、3月〜4月に入れて翌年の1月から6月頃にかけて出荷します。一年中、市場に国産うなぎを供給できるような体制を作ることが、漁協が行う養鰻業の目的なのです。

私は、養鰻事業が立ち上がるまで、うなぎの選別作業をしていました。それが、養鰻にたずさわるようになり、24時間体制での管理が必要に。万が一の緊急事態が起こっても、ケータイに連絡が入るようにして対応していますし、稚魚を池に放して40日間はボイラー室の2階で寝泊りします。課を立ち上げた当初は「ここでつまづいたら先はない」というぐらいのプレッシャーも。それが今は、大きなやりがいに変わりました。

例えば、毎日の仕事のひとつに池の清掃があるのです。ビニールハウス内は加温されて蒸し暑いですし、胴長を着て作業するので、作業後はいつも汗でびっしょり。大変な仕事ですが、水質を維持することで、病気も防げますし、成長もずいぶん良くなります。しかも、私は半年で体重が6kgも減りました。ダイエットにもなります(笑)。これからも楽しみながら、美味しい一色産うなぎを育てたいと思っています。


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