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2011年06月28日放送
知多市産 ペコロス
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愛知県知多市で育まれる、小さな玉ねぎペコロス、柔らかく、甘みがあるのが特徴です。


食材のご紹介
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JAあいち知多 知多営農センター 営農アドバイザー 齋藤寿さん

知多市の日長地区は、全国一のペコロスの産地。国内生産量のほぼ7割が、この地区から出荷されています。歴史を調べてみると、昭和12年頃から数人で試作が始まり、昭和30年代になると生産者が一気に増加します。当時、伊勢湾に面していた沿岸部の漁場が、臨海工業地帯の整備によって埋め立てられ、多くの漁業者が海から離れることに。結果として、農業に就く人が増えたのです。

新たに農家となった人たちは、一つひとつの農地が小さい日長地区の条件に合った作物を探しました。そこで多くの人が採用したのがペコロスでした。ペコロスは、特別な品種があるわけではなく、一般的なたまねぎを密集させて栽培する作物です。限られた農地で十分な収穫は得られますが、播種から収穫、出荷準備まですべてが手作業。もし日長地区の農地面積が広ければ、盛んに栽培されることはなかったかもしれません。

幸い、生産者の増加に伴い、市場からの需要も右肩上がりに。とくに関東の市場からのニーズが高まり、ペコロスは知多の特産品として定着しました。昭和50年代には、100人を越えるほどの生産者がいたと聞いています。現在、日長ペコロス生産組合のメンバーは19名。後継者不足が大きな課題となっています。ですが、日長地区の自慢であるペコロスを守っていこうと、熱心な栽培が続けられています。ピンポン玉ほどの小さなペコロス。一粒一粒に生産者の愛情がたっぷり詰まっています!


産地のご紹介
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ペコロス生産者 吉川昭男さん

昔、知多市の日長地区は伊勢湾に面していて、多くの人が半農半漁で暮らしを立ていました。とくに海苔の養殖が盛んで、私も学校を卒業した後は父と一緒に養殖をしていたのです。ところが、昭和30年半ばから、沿岸部の埋め立てが始まって…。悩んだ末に、漁業権を手放しました。昭和初期から作られていたペコロスを特産品にしようと、仲間と一緒に農業を始めたのです。

ペコロス栽培が大変なのは、すべてが手作業な上に数が多いこと。1uに植える苗の数は400本。私の場合、ざっと計算すると一年で栽培する数は40万本にもなります。しかも、狭い面積に密植させるので、連作障害や病気が出やすくなるという弊害があります。いくら数が多くて大変でも、土作りは手を抜けない。サイズも揃うように、等間隔で植えていく。気の遠くなる作業ですが、良質なものを作るためのこだわりです。

収穫は3月から4月までの2ヶ月間。圃場の上でしっかり天日干ししてから、8月まで順次出荷します。乾燥させると、随分持ちが良くなるのです。家庭でも湿度のない乾燥した場所で保存してください。通常のたまねぎよりも糖度が高く、煮込み料理に向いていますが、私はスライスして生で食べるのも気に入っています。たまねぎ同様、血液をサラサラにする効果があるので、毎日の健康維持になっていますよ。

【PROFILE】
1933年、知多市生まれ。代々続いていた海苔養殖をするも、工業用地として臨海が埋め立てられたのを機に漁業権を放棄。その後33年間は、中型トラックの運転手の仕事をしながら農業にも従事していた。現在、週に一度の出荷日には5kgケースを100箱近くを出荷している。


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